北京旅行記の第19回目、今回は花鳥市場(かちょういちば)と呼ばれているペット市場に出かけて念願の品物を買ったお話です。

中国に旅行した折にどこへ行った時も、私が必ず訪れる場所が花鳥市場です。上海、無錫(むしゃく)、南京、合肥(ごうひ)など、どの都市にも、名前のとおり花や盆栽と鳥などのペットを売る店がたくさん集まった場所があります。
小さなところで数十軒、大きなものでは数百軒もの店が塀で囲まれた一角に集中して商売をしていて、日本にはまったく存在しない、とても面白い場所です。
 もともとは文字通り花と鳥、それに金魚などだけを商う店が多かったのでしょう。事実、私が始めて上海に行った8年前に見たことのある花鳥市場では、インコやカナリヤなどの籠で飼う鳥を商ういわゆる小鳥屋さんと、コオロギ、キリギリスなどを売る虫屋さん、そして花と盆栽店がほとんどでした。もちろんそうした店に混じってこうした場所につき物の何軒かの骨董品店もありました。
しかし、最近のペット市場はどこも相当に様変わりしてきました。経済発展に伴い、ペットとして犬、猫、ウサギ、ハムスターなどの哺乳類からカメ、イグワナ、ヘビなどの爬虫類、アロワナ、ディスカスなど高価な熱帯魚を売る店などが増えてきました。また花屋さんの店頭では、お祝い用や恋人へのプレゼント用の花束や、コサージュなどがたくさん準備されて売られるようになり、通りの様子がとても華やかになりました。
 もう一つ私から見ると様変わりしたことがあります。それは以前は小鳥屋のほとんどで見ることのできた野鳥、たとえばオオルリ、イカル、レンジャク、それに名前も分からない数多くの種類の野鳥が今ではほとんど売っているのを見かけなくなったことです。
中国でもここ数年は野生動物保護法が厳しく運用されている上、罰則も重いようなので、一見して野鳥と思われる鳥は姿を見ることが少なくなったのだと思います。ただ店の裏ではこっそりと野鳥が販売されている可能性は残念ながら否定できません。
 私が花鳥市場に興味を持つのは、そこで売られている鳥や虫などの生き物にも関心があるのはもちろんですが、もっと興味を感じるのは鳥にしろ虫にしろ、それらの飼育器具、例えば鳥かご、虫かごから始まって餌入れや水入れなどの小物に至るまで、実にさまざまな道具類が作られ、販売されているのを見ることです。
もちろん、こうした品々は生き物と同じ店で売られてはいますが、そうした道具類でも手の込んだ高級品や、美術的な価値があるもの、骨董的な価値のあるものだけを扱う専門店が何軒もあって、こうした店店を覗いて冷やかして歩くのもとても楽しいのです。
今回の北京旅行では、このようなペット市場で、ある品物にめぐり合えるかどうか、それを楽しみに出かけました。その品物とは「鳩笛」です。と言っても日本で言う、土で形を作って焼いて造る鳩笛とは形も用途も全然違うものです。
 私がはじめてこの存在に気がついたのは、テレビで見た中国の連続テレビ・ドラマ「ラスト・エンペラー」の一場面、それはまだ少年時代の皇帝溥儀(ふぎ)が紫禁城の庭で空を見上げるシーンでした。
空にはたくさんの鳩が飛んでいます。その時不思議な音が聞こえたのです。最初はBGMの一種なのかな程度に思い、あまり気に留めなかったのですが、その後同じようなシーンがあった時にまたこの音が聞こえたので、これは飛んでいる鳩たちと関係がある音ではないかと思うようになりました。しかし、ビュワーンと聞こえる不思議な音の正体は何なのか、長い間分からずじまいだったのですが、ある時一冊の本を読んでいて偶然このナゾの音の正体が判明しました。
朝日新聞の元北京市局長であった加藤千洋(かとうちひろ)さんが書いたエッセー、「胡同(ふーとん)の記憶」の中でたまたまそのことについての記述を見つけたのです。
それは鳩につけて空を飛ばして音を楽しむ笛のようなもので、中国語でも鳩笛を意味する」「鴿哨(ほうしょう)」と呼ばれていることが分かりました。写真まで載せてあったので、ナゾであった不思議な音の正体がすっかり分かりました。
ナゾが解けると、実際に北京でそれを見てみたい、値段もそう高くなければ手にも入れたいと思うようになりました。

前置きが長くなりました、北京滞在8日目の朝、前もって案内役をお願いしていた、私の中国語の先生である韓さんのお父さんが、ホテルまでわざわざ出迎えに来てくれ、私たちは韓パパのあとについてバスで出かけました。
北京には「官園市場(かんえんいちば)」と言う有名な花鳥市場があります。目的地はそこだとばかり思っていたら「今日は別のところに行きましょう、とにかく案内してあげます」と言うわけで、私たちはバスに40分ぐらい乗ってその場所に着きました。
その花鳥市場の名前は「十里河橋市場」と言って、もとはもっと市の中心部にあったのですが、オリンピックに備えての市街地再開発工事のために、やや市のはずれに近い場所に引っ越してきたのだそうです。
着いたのは午前10時過ぎでしたが、早くも気温は30度を超えた感じ、頭の上からギラギラ太陽が照りつけます。そんな中、入り口の門をくぐって構内に入って行きますが、早くも大勢の人で通りがごった返していて進むのも容易ではないほどです。ウィークデーの午前中なのにこんなに人が多い、北京の人にはペット市場、花鳥市場は今も人気の場所であることが分かります。
なぜ人の通りが滞っているのかと思えば、両側の店舗に挟まれた5〜6メートルの通りの中央部分にずらっと露天商が陣取っていて歩ける部分が狭くなっているからでした。

花鳥市場にて・熱帯魚の売り方にビックリ その、ずらり並ぶ露天で売っているものはなんと熱帯魚です。
私たち日本人が考える熱帯魚屋さんは、ちゃんとした店構えの中、壁際に整然と並んでいるたくさんの水槽にいろいろな種類の美しい魚が泳いでいる、そんなイメージです。
しかし、ここ北京の十里橋市場にぎっしりと並ぶ露天の熱帯魚屋さんたちの、熱帯魚の売り方にはビックリで、むしろ衝撃を受けました。あまりにも私の先入観とかけ離れていたからです。
ここ十里橋の熱帯魚の露天の店店では水槽ではなく、ちょうど金魚すくいでくれるのと同じようなビニール袋が無数に吊り下げられており、その中に色とりどりの熱帯魚が入れられ販売されているのです。
安くておなじみの種類から、ディスカスのような高級な種類のものまで、足場のように組まれた何段もの横棒に、上から下まで、一軒の店で100個ではきかないほど数多くの袋が吊り下げられているのですが、そうした店がずらり100メートルぐらいも続いているのでほんとうに圧巻でした。
熱帯魚を飼った経験がある私は、ついつい「水温や、酸素は大丈夫なのかな」とひと事なのに心配したくなるほど、見た目は乱暴な販売の仕方に見えます。ところ変われば品変わる、まさにカルチャーショックでした。

花鳥市場にて・鳩笛(鴿哨)のいろいろ 案内役の韓パパはもたもたする私たちに「さあさあ、もっと奥に行くよ」とせかします。
やがて一軒の店にたどり着きました。店の看板には小鳥の餌、薬と書いてあります。狭い店内にはオジサンが一人いて、韓パパがあらかじめ連絡を取っていたらしく私たちをにこやかに迎えてくれ、すぐにショーケースの中から箱を取り出し、開けて見せてくれました。
ありました!あの鳩笛、「鴿哨(ほうしょう)」です。それもいろいろな形のものが7〜8種類、金色の布で内張りをした、ちょっと大げさな箱の中に並んでいます。
一種の笛であることには違いないので、一つ一つには吹き口、つまり風が入る口がついています。単純な形のものでは吹き口が一つだけ、5〜6個のものが普通のようで、最高に複雑な形をしたものでは吹き口が13個もついています。
どんな音が出るのか、試しに吹き口に向かって斜めに息を強く吹き込んでみるとポーッと音が鳴ります。吹き口の形や笛全体の大きさで一つ一つ音が違います。
なぜ、複数の、それも多いものは10個以上も吹き口がついているのか、いろいろと吹いているうちに分かってきました。つまり和音のように音が重なって複雑な音色になるわけです。また吹き口が多いほど音も大きく聞こえる効果もあるのでしょう。
どれも手作りであることが分かる仕上がりです。形も面白く、ニスが塗ってあり、赤茶色に輝いています。持ってみるとすごく軽くできています、なるほどこれだと鳩が背負って空を飛ぶことができる、と納得できる軽さです。ただ意外だったのは想像していたものより、かなり大きな形をしていることでした。もしかすると、中国の鳩が日本の鳩より二割ほど身体が大きいことと関係あるかもしれません。
今では北京でもきっと珍しくなったであろう、これら素晴らしい品々にすっかり魅了された私は、店の主人の了解を得て一つ一つ写真を取らせてもらいました。そして私自身へのプレゼントとして、そのうちのもっとも複雑な形をしたものと、比較的単純なものを二個を買い求めました。決して高価なものではなかったのですが、多分一生の思い出の品、宝物になると思います。
さて、問題はこれをどうやって鳩にとりつけて飛ばすのか、そこがまだ分かりません。その点を主人に尋ねると、とても丁寧に説明してくれました。
それによると、笛の底の部分にある薄い突起の穴に細い丈夫な糸を通し、鳩の背中側の尾羽の根元にくくりつけるのだそうです。
そうすると、ちょうど鳩は笛を背中に背負った形となります。この時吹き口は鳩の頭のほう、つまり飛ぶ方向へ向くので、鳩が空中を飛ぶことにより空気が吹き口から入って、あのビュワーンと言うなんとも不思議な音となって聞こえて来るというわけです。
中国、とくに北京では鳥インフルエンザの問題も起こり、今ではこうした風流な遊びをする人も少なくなったようですが、鳩の飼育がとくに大好きな北京の人々が、いつまでもこうした伝統文化を大切に継承して行って欲しいと心から思ったしだいです。
今のようにラジオやテレビなどの娯楽がなかった時代、日本でもそうですが、支配者階級から一般の市民まで、人々は鳥や虫、金魚を飼ってその鳴き声や、姿の美しさを楽しんだ長い歴史がありました。
中国ではとくにそうしたことが盛んだったので、飼育器具も単なる道具である以上に、美術品としても素晴らしいものが多く造られてきました。こうした場所、とりわけその中にある骨董店に行くと、そうした品々がいろいろとあって、私のように関心のあるものにはヨダレが出そうなものを多く見ることができます。でもやはり良い品物は値段が高く、いくら好きになっても私などには手が出せるものではありません。

今回は残りの文字数が少なくなったので、詳しいことはこれ以上書くことができませんが、後日マッサージ店に出かけた時に、有名な陶器の産地、景徳鎮で造られたと言う、大きくて素晴らしく美しい陶製の金魚鉢を見せて貰うことができました。実際にその鉢の中には、中国の代表的な金魚である、赤や黒の大きな頂点眼が何匹も泳いでいて、優雅なことこの、上もありませんでした。この時も中国の生き物飼育文化の奥の深さに改めて感嘆したものです。
今回は花鳥市場(かちょういちば)と呼ばれるペット市場について、もっと詳しくご紹介するつもりでしたが、結局私自身のこだわりの品ものについてついつい字数を費やしてしまいました。
またいつか機会があれば改めて紹介したいと思います。
(第19回 ペット市場にて おわり)
次回はいよいよ最終回にしたいと思います。最後までどうかよろしく。



最終回へ続きます。
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