北京旅行記の第17回目。今回は陶然亭公園(とうぜんていこうえん)へ出かけた時のお話です。

北京滞在も残り少なくなった5月20日、天安門からほぼ南の方向約5キロメートル、また天壇公園の南門から西に約3キロメートルのところにある大きな公園、陶然亭公園(とうぜんていこうえん)へ出かけてみました。
周囲約5キロメートル、中央部の大部分を占める池の周囲も約3.5キロメートルもあるこの大きな公園には緑も多いと聞いたので、公園そのものを見たいということもあるのですが、野鳥との出会いも楽しみに歩きに出かけたというわけです。じつは、今回の北京旅行で少し残念だったことがありました。街の中に緑が多い割には野鳥の種類や数が少なかったこと、また、たまに鳥の姿や鳴き声に出合っても、毎日風が強く吹くためにうまく録音ができなかったことです。
そうした私の欲求不満を、緑と水が多い、ここ陶然亭公園でならもしかすると晴らすことができそうな気がしたのです。

まずホテルのすぐ近くのバス停から天壇公園南門までバスに乗ります。下車後広い大通りをまっすぐに西の方向へ歩き始めました。
しかし、すぐ横丁や裏道に入りたがる私たちのことですから、いくらも歩かないうちに大通りから1本入った裏通りに入って歩いて見ることにしました。
バスや車が頻繁に行き交う大きな表通りは、早く歩くことができても、私たちがとくに関心を持って見るべきものが少ないのが普通です。
その点大通りに平行して1本、2本中に入った裏通りを行くと、距離的にはいくらか遠くなったとしても、そうした場所には人々の日常生活風景が溢れていて活気があり、さまざまな人たちの暮らしの様子を見ることができ、興味深い生活の音を聞くことができます。
私たちは中国の庶民生活のそんな雰囲気を感じるのが大好きなので、この日もこうして裏通りを歩いて行くことにしたのでした。
 しばらく歩いて行くと、両側が5階建てぐらいのアパートのような建物が続く通りになりました。日本で言えば古い市営住宅か公団住宅の団地の中といった感じの道です。
道路に面してポプラやニレあるいはアカシアなど葉をいっぱいに茂らせた背の高い樹木が並木のように続きます。
濃い緑のせいで、古い建物が画一的で味気ない割には、涼しげな心地よい空間を作っています。北京の夏は暑いことで有名ですが、昔からの住宅街に緑の葉を茂らせた樹木が多いのは、長い庶民生活の歴史が生んだ暑さ対策の知恵なのでしょう。
時折人が行きかい、呼び合い、話し合う声がします。私の程度の低い中国語の能力でも、それが北京語独特の特徴を持っている響きであることが分かります。東京で言えば下町独特のべらんめえ口調、江戸っ子の巻き舌言葉と言ったところでしょうか。
さらに時折り物売りの声が流れて来ます。例えば網戸の張替えをするお兄さんがリヤカーに乗って大声で叫びながら通り過ぎて行きます。
なにか懐かしさがよみがえって来るような生活空間の中にいることが心地よく感じられ、先ほどから何キロも歩き続けてきた疲れを忘れさせてくれます。
 そんな時、頭の上のどこからか、きれいな鳥の声が聞こえて来ました。鳴き方は少し違うような気がしますが、イカルの声によく似ています。
私は早速足を止めマイクを声のする方向に向けて録音を始めました。
これをやる時はいつもそうですが、すぐ周りにいる人がそれに気がつき怪訝そうな顔をして近づいてきます。
そんな中の一人のおじさんに、「これは誰かが買っている鳥ですか?それとも野鳥でしょうか?」と訪ねてみると、「ああ、これは人が買っている鳥の声だよ」と自信たっぷりな返事が返ってきたのでがっかり。
するとそばにいた別の男性が、「いや、ちがうよ、これは自然の鳥だよ、見てごらん」と横槍を入れてきます。
なるほど、かなり高い梢で鳴いている鳥の姿は見えないのですが、声のする場所がどんどんと移動していきます。鳴きながら枝から枝へ渡っていくのが分かります。
間違いなく野鳥です。北京の下町の住宅街でイカルに似た鳥が鳴いていたのです。嬉しくなってまた録音を続けました。
相変わらず風が強いのでよい録音にはなりませんでしたが、おかげで何人ものおじさんたちと野鳥についてコミュニケーションができ、ささやかな友好のひと時を持つことができました。

陶然亭公園にて・簡単な打楽器を楽しむ老人の写真 おじさんたちにお礼を言って別れ、さらに西へ向かいます。
歩き始めて1時間以上、やっとめざす陶然亭公園へたどりつきました。
こんな市民に開かれている公園でも入場料が一人2元(約32円)必要です。
門の前で焼き芋を売っていたので買ってみました、大きなもの1個8元(約130円)でした。中国ではここ北京だけでなく、上海や蘇州など、どこに行ってもこのような観光地や公園の入り口ではよく焼き芋を売っています。焼き方も芋の姿も日本とよく似ているし、たいてい味も美味しいので、過去何回も買って食べたことがあります。
私たちは歩き続けて来て、かなり疲れていたうえ、もうお昼時になっていたので、入園後すぐに手近なベンチに座り、焼き芋を昼食代わりに食べて一休みしました。
 公園内には大きな池と緑豊かな林もあり、その上とても広く、向こうの端が見通せないほどです。天気は悪いのですが、今日はたまたま日曜日なのでたくさんの家族連れがやってきています。池のボートに乗って遊んでいる人たちの姿もあれば、木立の間をくっつきすぎるほどぴったり寄り添って歩く若い男女も多く見られます。
そんな光景を見ながらぼんやりとベンチで休んでいると、すぐ近くの茂みから、中国ではどこに行っても数多く見られるオナガの声が聞こえてきました。せっかくなので録音をしておこうかと思ったちょうどその時、はじめて聞く変わった鳥の声がこっちの方向に近づいてきました。
「ポ、ポ、ポ、ポ」と言う単調で大きな、でもよても面白い声で鳴き続けます。早速マイクを声のするほうに向けて録音スィッチオン、強い風が邪魔ですがなんとか録音に成功です。
余談ですが、これが何と言う名前の鳥なのか、じつはその後もまったく分からないままにしていたところ、つい最近になって北九州市の山口まさのりさんがその正体を教えてくれました。
それは日本でもまれに声を聞くことができるセグロカッコウと言うホトトギスやカッコウの仲間だったのです。いつもながら山口さんの野鳥についての博識ぶりに脱帽です。

さて、休憩後ゆっくりと公園内を散歩しようと思っていたのですが、急に雲行きが怪しくなり、風が強くなると同時に大粒の雨が落ちてきました。うーん残念、仕方なく私たちは急いで門を出て退散することにしました。
この公園の名のもとになったと言われている、陶然亭(とうぜんてい)と言う湖畔の有名な建物も見たかったので、突然の天候の急変はとても残念でした。
木々の緑が豊かな湖のほとりをゆっくり散歩し、写真では見たことかある陶然亭を、この目で見ることを楽しみにして来ただけに、ほんとうに残念無念です。天気には勝てません、残った時間を、今日の次の目的地として前もって決めていた、「瑠璃廠(ルリチャン)」へ急ぎました。

琉璃廠(ルリチャン)のショーウィンドーの写真  ルリチャンは天安門からそう遠くない有名な繁華街に隣接した場所にある、骨董や美術、硯や毛筆など文具を商う店がずらーっと並ぶとても有名な通りです。
ルリチャンは町並みそのものも清朝時代の雰囲気を再現していて、北京に行ったら一度はゆっくり見て歩きたい場所の一つです。
ほぼ直線の300メートルほどの狭い通りの両側に、いかにもオールド北京らしい、レトロな外観の二階建ての店々が並んでいます。
どの店のショーウィンドーにも書画、骨董、美術に関心のある人ならヨダレが出そうなたくさんの品物が並んでいます。
 私たちも何軒かの店に入り、骨董品や美術品、書道用具を見て回りましたが、どの店に入っても美しくて価値のありそうな品々が所狭しと置いてあってため息が出るばかりです。
結局、とある一軒の書道用品の店に入って、毛筆を大小2本買い求めました。買った筆が良い品物かどうか、かつて書道をほんの少しかじった程度の私には分かりません。ただルリチャンに来たよい記念になるのではないかと思います。
確かにここルリチャンは、趣味のある人にはとんでもなく楽しい街です。でも実際に歩いてみると、この街で本当に楽しむためには二つの条件が必要であることを痛感しました。
一つは書画、骨董、伝統文具などについて深い知識と素養が必要であること、今ひとつは、こちらのほうがずっと、ずっと大事なのですが、十分なお金を持って歩けること。
これら両方ともを持ち合わせていない私たちには、面白くて仕方がない場所ではあるけど、一方で淋しく、そして欲求不満がつのるばかりの街でありました。
「宝くじが当たらないかぎり私たちには意味がない場所だね」と話しながら、この美しい品物が満ち溢れ、独特の雰囲気が漂うレトロな街をあとにしたのでした。
(第16回 陶然亭公園 おわり)

次回は第18回目として、北京雑感の2回目を書きたいと思います。


北京雑記帳その2へ続きます。
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