北京滞在も残り少なくなった5月20日、天安門からほぼ南の方向約5キロメートル、また天壇公園の南門から西に約3キロメートルのところにある大きな公園、陶然亭公園(とうぜんていこうえん)へ出かけてみました。
周囲約5キロメートル、中央部の大部分を占める池の周囲も約3.5キロメートルもあるこの大きな公園には緑も多いと聞いたので、公園そのものを見たいということもあるのですが、野鳥との出会いも楽しみに歩きに出かけたというわけです。じつは、今回の北京旅行で少し残念だったことがありました。街の中に緑が多い割には野鳥の種類や数が少なかったこと、また、たまに鳥の姿や鳴き声に出合っても、毎日風が強く吹くためにうまく録音ができなかったことです。
そうした私の欲求不満を、緑と水が多い、ここ陶然亭公園でならもしかすると晴らすことができそうな気がしたのです。
まずホテルのすぐ近くのバス停から天壇公園南門までバスに乗ります。下車後広い大通りをまっすぐに西の方向へ歩き始めました。
しかし、すぐ横丁や裏道に入りたがる私たちのことですから、いくらも歩かないうちに大通りから1本入った裏通りに入って歩いて見ることにしました。
バスや車が頻繁に行き交う大きな表通りは、早く歩くことができても、私たちがとくに関心を持って見るべきものが少ないのが普通です。
その点大通りに平行して1本、2本中に入った裏通りを行くと、距離的にはいくらか遠くなったとしても、そうした場所には人々の日常生活風景が溢れていて活気があり、さまざまな人たちの暮らしの様子を見ることができ、興味深い生活の音を聞くことができます。
私たちは中国の庶民生活のそんな雰囲気を感じるのが大好きなので、この日もこうして裏通りを歩いて行くことにしたのでした。
しばらく歩いて行くと、両側が5階建てぐらいのアパートのような建物が続く通りになりました。日本で言えば古い市営住宅か公団住宅の団地の中といった感じの道です。
道路に面してポプラやニレあるいはアカシアなど葉をいっぱいに茂らせた背の高い樹木が並木のように続きます。
濃い緑のせいで、古い建物が画一的で味気ない割には、涼しげな心地よい空間を作っています。北京の夏は暑いことで有名ですが、昔からの住宅街に緑の葉を茂らせた樹木が多いのは、長い庶民生活の歴史が生んだ暑さ対策の知恵なのでしょう。
時折人が行きかい、呼び合い、話し合う声がします。私の程度の低い中国語の能力でも、それが北京語独特の特徴を持っている響きであることが分かります。東京で言えば下町独特のべらんめえ口調、江戸っ子の巻き舌言葉と言ったところでしょうか。
さらに時折り物売りの声が流れて来ます。例えば網戸の張替えをするお兄さんがリヤカーに乗って大声で叫びながら通り過ぎて行きます。
なにか懐かしさがよみがえって来るような生活空間の中にいることが心地よく感じられ、先ほどから何キロも歩き続けてきた疲れを忘れさせてくれます。
そんな時、頭の上のどこからか、きれいな鳥の声が聞こえて来ました。鳴き方は少し違うような気がしますが、イカルの声によく似ています。
私は早速足を止めマイクを声のする方向に向けて録音を始めました。
これをやる時はいつもそうですが、すぐ周りにいる人がそれに気がつき怪訝そうな顔をして近づいてきます。
そんな中の一人のおじさんに、「これは誰かが買っている鳥ですか?それとも野鳥でしょうか?」と訪ねてみると、「ああ、これは人が買っている鳥の声だよ」と自信たっぷりな返事が返ってきたのでがっかり。
するとそばにいた別の男性が、「いや、ちがうよ、これは自然の鳥だよ、見てごらん」と横槍を入れてきます。
なるほど、かなり高い梢で鳴いている鳥の姿は見えないのですが、声のする場所がどんどんと移動していきます。鳴きながら枝から枝へ渡っていくのが分かります。
間違いなく野鳥です。北京の下町の住宅街でイカルに似た鳥が鳴いていたのです。嬉しくなってまた録音を続けました。
相変わらず風が強いのでよい録音にはなりませんでしたが、おかげで何人ものおじさんたちと野鳥についてコミュニケーションができ、ささやかな友好のひと時を持つことができました。
さて、休憩後ゆっくりと公園内を散歩しようと思っていたのですが、急に雲行きが怪しくなり、風が強くなると同時に大粒の雨が落ちてきました。うーん残念、仕方なく私たちは急いで門を出て退散することにしました。
この公園の名のもとになったと言われている、陶然亭(とうぜんてい)と言う湖畔の有名な建物も見たかったので、突然の天候の急変はとても残念でした。
木々の緑が豊かな湖のほとりをゆっくり散歩し、写真では見たことかある陶然亭を、この目で見ることを楽しみにして来ただけに、ほんとうに残念無念です。天気には勝てません、残った時間を、今日の次の目的地として前もって決めていた、「瑠璃廠(ルリチャン)」へ急ぎました。
次回は第18回目として、北京雑感の2回目を書きたいと思います。
北京雑記帳その2へ続きます。
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