北京旅行記の第10回目、今回はレストラン・シアターのような茶館(ちゃかん)に出かけた時のお話です。

茶館と言うのは、早い話、日本で言えば喫茶店です。
日本ではコーヒーをおもに楽しむ場所ですが、中国の茶館では本来は文字通りいろいろな種類の中国茶を飲んで、ゆっくりとくつろぐ店のことです。
皆さん先刻ご存知の通り、日本の喫茶店では、本当にコーヒーを飲みたくてやってくる人のほかに、恋人たちのデートの待ち合わせやビジネスマンの打ち合わせの場所としても利用されています。
中国の茶館でも似たような利用のされ方はあると思うのですが、昨今はスターバックスや上島珈琲など外国資本の喫茶店チェーンも急増していて、恋人たちや、ビジネスマンはこちらのほうを利用することが多いように見受けられます。
その点、中国本来の茶館は利用する人たちの年齢も高い人が多く、ゆっくりと時間をかけてお茶を楽しみ、人によっては日がな一日ここでのんびりと過ごす人もいると言う雰囲気なので、私たちも大好きな場所のひとつです。
お茶には食べ放題の茶菓子(茶点と言う)がついていることが多く、お湯を何回でも注ぎ足してくれます。
しかし、私たちのような日にちと時間に制約のある人間は、いくら居心地の良い空間でも、日がな一日のんびりするわけにはいかないのが残念なところです。

さて今回お話しする老舎茶館は、今お話した基本的な中国の茶館とは全然違う感じの店で、ステージのショーを見ながらお茶と茶点が楽しめる、言ってみればレストランシアターのような場所です。
なお、店の名にある老舎(ろうしゃ)とは高名な中国の文豪「老舎」のこと。私は浅学にして老舎の作品は読んだことがありませんが、文化大革命中に批判され、自殺だか他殺だか不明の非業の死を遂げたことは知っています。もし老舎がその後も生存したなら、間違いなくノーベル文学賞を取っただろう、と言われるほど国の内外を問わず有名な作家です。また北京市内にある彼の住んだ家はこんにち記念館として公開されています。

北京にはこの老舎茶館のような、ショーを楽しみながらお茶が飲める有名な店が他にもあります。今回下調べをした段階で、場所が便利なこと、ショーの内容が一番面白そうと言う理由で、この店に行くことにしました。ただし予約が必要なので、旅行に出発する前から、私の中国語の先生である韓女史にお願いして、彼女のお父さんで北京在住の韓博明さんの手を煩わして予約を入れてもらっていました。

老舎茶館の外観写真 5月15日の夜7時半、地下鉄前門駅から程近い「老舎茶館」に出かけました。入り口はものの2間ほどと広くはありませんが、店の入り口両側にデンと置かれた立派な一対の石の獅子、老舎茶館と大書された黒塗りに金文字の看板、赤い大きな提灯、古きよき時代の雰囲気がいっぱいの店構えです。
なにより面白いのは左右に開いた赤い扉の横で入場する客を迎えるお兄ちゃん、清朝の時代の伝統的な服装で「いらっしゃーい、○×○×○×・・・」。何を言っているか分からないのですが、多分芝居の口調でしょう、頭の先から出すような高い声と、ユーモラスな身振りで客を2階にいざないます。
これが面白くて、ビデオカメラに取りたいと思い「ごめん、もう一度やって見せて。」と頼むと「アーユージャパニーズ?ウェルカム」と今度は英語でご挨拶、快くやって見せてくれました。音の思い出作りのための録音もバッチリと取らせてもらいました。
2階に上がるとすぐ席に案内されます。私たちは上、中、下とある予約料金の中ぐらいだったので、残念ながら500席あるという広い客席の中ほどからやや後ろ。ステージとはかなり距離があります。
開演まで時間があるのにすぐにお茶菓子と、蓋つきの茶碗でお茶が運ばれてきます。茶の湯がなくなると、独特の細長い注ぎ口のついた真鍮製のお湯指しを持ったお兄さんがすかさずやってきて、アクロバティックないろいろなポーズでお湯を継ぎ足してくれます。これが観光客には大うけでそこ、ここで拍手が起きます。このお湯のさし方はカンフー茶芸、あるいは太極茶道などと言って、最近はこうしたお客の目を楽しませる茶館が各地に増えてきているようです。
先日の夜も日本のテレビで「ウルルン滞在記」なる番組でやっていました、ご覧になった方もあるかと思います。

客の半分以上は世界各地からの観光客です。一見してヨーロッパからの団体客が多いことが分かります。私たちのテーブルで合い席したのは個人客でオランダ人の男性、彼はお茶よりも持ち込んだ白酒 (ばいちゅう・中国の焼 酎、だいたい45度ぐらいある)の瓶を片手にグイグイやっていました。横にはオランダに留学して知り合ったという中国人の恋人が・・・。
いよいよショーが始まります。オリンピックの五輪の5色にちなんだ中国茶のショー。余談ですが中国茶には、白茶、青茶、黄茶、緑茶、黒茶の五種類があります。例えば青茶はウーロン茶、黒茶はプーアル茶のことです。
お茶のショーのあと本来の演目が続きます。京劇にはじまって、漫才、民謡、マジック、カンフーなどとショーは楽しく進んでいきます。
席が遠いのと、前の席に身体の大きい人たちがいてステージがよく見えないのが残念でした。ただ音は聞こえすぎるぐらいスピーカーの音量が大きくて場内いっぱいによく聞こえます。
演目の中にとても面白い出し物がありました。日本でも昔はよくあった動物の鳴き声などの模写、つまり江戸屋猫八さんや息子の子猫さんが得意にした芸です。日本では普通一人でやる芸を、その夜老舎茶館のステージで私たちが見て、聞いたものは二人で掛け合いでやるものでした。こうした芸は、中国語では「口技こうぎ(こうぎ)」といい、まさに文字通り素晴らしいくちのわざ、でした。とくに面白かったのがガビチョウの鳴きまねで、男女の痴話げんかをガビチョウの声で掛け合いでやるのです。言葉が分からない外国人でもユーモラスな調子で、でもガビチョウの鳴き声そっくりな口笛で、場内は感嘆の声と笑い声で大いに盛り上がりました。

老舎茶館のステージの写真 音楽にしろ、演劇や大衆芸能にしろ、このような伝統的な文化をすべて徹底的に破壊しようとした、あの文化大革命の中をよく生き延びて今日に残り、伝わっているなと言うのがショーを見終わった時の私の感想でした。今後中国はますます経済発展を続け、価値観や文化も急速に変化を遂げていくのでしょうが、この晩私たちが楽しむことができたこうした芸能文化が、どうかいつの日までも存在し続けていって欲しいものだと思います。

ショーがすべて終わると、一見して世界中から来たであろうと思えるさまざまな容貌をした客たちがぞろぞろと狭い階段を下りて帰途につきます。皆一様に見終わったステージの素晴らしさについて感想を口にしているようです。1階に下りると、またあのお兄ちゃんのユーモラスで甲高い芝居口調の「またのご来場を!お気をつけてお帰りください」(当然そう言っているはず)の声が響きます。なんとも言えないよい雰囲気の中、私たちも気持ちよく建物の外に送り出されました。

先ほどまで老舎茶館で味わった、古きよき時代の北京のムードをひきづったまま歩き始めた私たちですが、数分後にはまったく新しい北京を目にして一ぺんに夢から覚めた思いがする光景に出会いました。
それは、歩道の上で若い男女が連れているペットです。
昨今中国、とくに上海や北京など経済発展の進む都市部では犬や猫などのペット飼育が急速に盛んになりました。こんにち街や公園でペットの犬を見ることは日本と何ら変わらないぐらいに普通の光景になっています。でも私たちが老舎茶館からすぐの歩道で見たペットとは小さくて、可愛いミニブタでした。
何千年もブタを一番食べてきた中国の人がブタをペットにしている!うーん、こんな時代になってきたのだ、中国も。「あなたたち豚肉は食べる?食べない?」一番したかったこの質問がどうしてもできなくて、「可愛いね!」そう言って写真を取らせてもらうのがやっとでした。
第10回・老舎茶館 終わり)


北京雑記帳へ続きます。
「もくじ」へ戻ります。
最初のベンチへ戻ります。